竹内栖鳳

竹内栖鳳の詳細情報

竹内栖鳳の代表作

竹内栖鳳

竹内栖鳳は近代日本画の先駆者で、京都画壇を代表する戦前の日本画家です。画歴は半世紀に渡り、帝国技芸員で第1回文化勲章受章者でもあります。 京都市の川魚料理屋の一人息子として生まれた竹内栖鳳は、13歳に四条派の土田英林に絵を習い始め、17歳の時に同派の名手として知られた幸野楳嶺の私塾へ正式に入門。この頃から頭角を現し、翌年には私塾の工芸長となり、「楳嶺四天王」(栖鳳と都路華香、谷口香嶠、菊池芳文の高弟4名を指す)の筆頭と呼ばれるようになります。23歳の時に結婚し、これを機に絵師として独立、同年、京都府画学校(現:京都市立芸術大学)修了。25歳で京都府画学校に出仕、京都の若手画家の先鋭として名をあげました。また36歳の時には7ヶ月かけてヨーロッパを旅行し、ターナー、コローなどから強い影響を受けました。49歳で「帝室技芸員」に推挙されることで、名実共に京都画壇の筆頭としての地位を確立しました。昭和に入っての戦時下では軍部に協力の姿勢をとっていましたが、敗戦前の78歳で肺炎のため亡くなりました。 美術評論評論家の竹内逸は息子にあたります。